石巻モデル(2012年3月報告書)


2011年度に「被災市街地等における街なか再生プロジェクトに係わる土地利用促進等に関する調査」を行い、復興で開発プロジェクトをおこす場合のデザインとスキームについて石巻モデルを提案した。高松丸亀町再開発のデザインとスキームを復興に応用する検討を行い、石巻をケースに展開したものだ。

立町秋田屋本家の住宅と庭園

同調査は国土交通省(土地・建設産業局)の委託調査。報告書は土地総合情報ライブラリーからダウンロードできる。

アーカイブス 9:被災市街地等における街なか再生プロジェクトに係わる土地利用促進等に関する調査報告

 報告書では、まず目標と方針を掲げ、立場を鮮明にしている。大きな災害があると、まずグランドデザインを描き、インフラを整備し、大規模に街を作り変えていく、それまで建築を禁止するといった措置が望ましいと考えられがちだ。しかし、ある程度道路が整備済みの石巻ではその必要はないし、歴史的な都市では道路パタンや地割も重要な遺産である。既存の文脈にインフィル(挿入)する「都市をつくる建築」で街を更新していくことが正しい。(引用の「方針」の順序は、構成をわかりやすくするため報告書と変えてあります)。

基本目標:

1まちなかへの移転や復帰が、高台移転などともに、魅力的な選択肢となるようにすること

2コミュニティに根ざした開発で、すばやく、美しいまちをつくること

方針:

  1. 住民の合意が整った地区から順次プロジェクトを実施する
  2. デザインコードを定め、各プロジェクトが美しい全体を作り出す
  3. 地権者の出資するまちづくり会社がディベロッパーとなる
  4. 住宅、商業施設、事務所など、また、公営住宅や一般住宅などが混じりあった、ミックスト・ユース開発に努める
  5. まちなかに再生された店舗に、ライフスタイルのブランド化を体現・推進する商業施設を整備していく
  6. 地権者が、土地を手放さずにプロジェクトに参加できるようにする
  7. 土地の所有と利用の分離を果たし、まちづくり会社による総合的・合理的な街の運営へ
  8. 現地再建が困難な地区からの移転をスムーズに進めることのできるスキームを用意する
  9. プロジェクトの円滑な実現に向けて体制を組み、事業の進捗とともに成長させていく

写真 49:建て替えプロジェクト、最初のイメージ(模型写真)

 デザインは、上の方針を踏まえ、①原則を確認したのち、②デザーンコードを設定し、③より具体的なモデルを組み立てた。まず、①原則は、以下の三点である:

安全・安心:いつでも高いところへ逃げられることが条件。住まいを地上階にすることには抵抗がある。従って、店舗等は従来通り通りに沿って地上階に設け町並みをつくるが、住宅は浸水の被害を避けることのできる二階以上を原則にする。すなわち、二階に避難兼居住用のフロアを設ける。ただし、モデルは、坂出人工土地ではなく、高松丸亀町参番街の2階中庭。人工土地の存在を強調するデザインではなく、通りからはふつうに数階建ての建物が並び、町並みをつくるようにする。

2階避難階の作り方(左:坂出人工土地、右:高松丸亀町参番街の2階中庭)
今も商店街では、緊急避難用に二階が開放されている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美しいスカイライン:石巻では、まちなかや北上川から見える日和山が重要な景観要素となっている。とくに津波では日和山が頼もしい高台に見えたはずである。日和山の稜線を隠すような建物は避けるべきである。そもそも、中低層の集合住宅は、町並みをつくり、外部空間を囲み、人びとのコミュニケーションの場となる街路や広場などの豊かな公共空間を生み出すのに適している。一般的なマンションに見られるTower in Space型は採用しない。

町のあちこちから日和山が見える

タワー型と町並み型、同じ密度で比較した場合

歴史的な空間構成を受け継ぐ:石巻は歴史的な都市である。石巻港絵図にあるように、鰻の寝床型の敷地に町家が並んでいたわけだが、このような町家によって組み立てられていた歴史的な空間構成は、現代の都市計画や建築デザインから見ても優れている。すなわち、町家は、建設時期も建て主も異なっているにも係わらず、整った町並みをつくり、賑わう街路空間をつくり、なお中庭を内蔵して、密集する市街地で一定の住環境を確保していた。つまり、個別の建物が、その建築を通して都市をつくるという今日とは逆のシステムが存在した。こうして、個々の建物がそれぞれの個性を発揮し、全体として調和のとれた町並みが成立した。秩序と多様性の両立が果たされていた。

 この歴史的な「建築が都市をつくるシステム」こそ、今回の石巻市におけるプロジェクトで実現しようとしていることである。方針の「住民全体で合意が整った地区から順次プロジェクトを実施する」は、「しっかりした青写真通りに町を再建することが困難だから、やむえず選択された」のではなく、「町をつくるとは、本来、個(建築)から全体(都市)を造ることである」からである。どの街区や敷地から始まってもそれぞれ自立していて、それらが徐々に展開していった場合も全体としての町並みをつくる、というような建築の計画・デザインが今回の課題である。それをデザインコードを決めることで実現していく:

❶ プロムナード(両側町)

❷ 最高5階

❸ 鰻の寝床

❹2階のメインフロア

❺ ロウズ

❻ 多様な住宅

❼ 分棟型(町並み型)

❽ 道幅と建物の高さの比(1:1〜1:2)

❾ ポジティブな外部空間

❿ 連続する正面

⓫ 連なる棟

⓬ 通りへの直通階段

 以上をさらに具体的に建築のモデルとして展開する。石巻絵図(幕末)や明治25年絵図に描かれた町家と町並みを現代にあわせて再構成する。

石巻モデル:歴史的な町家を現代の町家へ再編成

❶は、伝統的な町家の様子を示している。「鰻の寝床」型の細長い敷地に、通りぞいに主屋が置かれ、奥には中庭を間に挟みながら、離れや蔵が並ぶ。手前と奥に通りがあって、ふたつの町家が背中合わせになっている。これを現代版町家へ再編成していく。

 まず、表通りに面して主棟を置く(❷)。下は店舗、上は住宅。横に並ぶと、通りを囲み、メインストリートの連続した町並みを形成する。表通りに面する建物の高さ(H)は、道幅(D)と同じか1 割増し程度する。

 一階の奥は主に駐車場に使う(❸)。駐車場が見えなくなるように蓋をする(❹)。この蓋が人工地盤となり、津波の時の避難階となり、普段は居住部分のメインフロアとなる。店舗は従来通り、道に面して一階にあり、町並みをつくる。

 蓋(居住部メインフロア)の上に住戸を配置する(❺)。 住戸を積み上げるのではなく、戸建て住宅の町並みのように横に並べ(イギリスのテラスハウスのように)「多様な住宅」が実現するようにしたい。隣同士が接しても日当りや通風を確保しプライバシーが守れるよう住戸を工夫する。このような住戸は、周りに庭が必要なふつうの住宅に対して、庭を内蔵した中庭型になる。

 以上で基本ユニットは完成。あとは敷地に合わせ、この基本ユニットを組み合わせていく。

 たとえば、もう少し広い間口が確保される場合、基本ユニットを向かい合わせに組み合わせ、共有の庭を囲み、ひとつの近隣単位を構成する(❻)。以上の原則をそれぞれの敷地にあわせて展開。一定距離ごとに通りから人工地盤への直通階段を設ける。

 主屋の裏は数メートル幅の公開の空地とし、隣のブロックとはこの空地がつながるようにする(❼)。

 スキームについて、期待されているのは、高松丸亀町の、定期借地権と街づくり会社を使った方式を被災地においていかに展開するかである。被災地固有の条件は、以下の2点である:

 ①建物が震災で被害を受け、除却されているケースが多い。壊れた建物は公費で解体できる制度があり(公費解体という)、再開発の話しが持ち上がる前に壊してしまった人が少なくない。市街地再開発事業では、取り壊す従前建物には補償費が支払われ、そこに入る補助金が事業費の中で無視できない役割を果たしているが、それが期待できなくなる。

 ②商業施設よりも住宅が中心の再開発になる。高松丸亀町では、まちづくり会社が高度化資金などを得て商業床を取得し、その運用益を地権者へ還元することを想定していたが、そこに多くのリターンを期待することが難しくなった。

 ①の問題は阪神淡路大震災のときにも問題になり、一部地区では除却された建物への補償が実施されたが、一般解へは至らなかった。石巻でそのような措置をとることに行政当局は否定的で、この点について阪神淡路大震災の教訓が活かされることはなかった。

 いずれの課題にも特効薬はなく、ケースごとに工夫が必要になる。

 ①の問題について、定期借地権に設定対価を設け地権者の資産として計上、建物を壊した人にも権利床を配分する、地代を一括払いするなどの手法が検討された。定期借地権制度では権利金の設定は自由で、高松市丸亀町の再開発ではゼロとした。高松では、地価が高止まりしており、床価格を引き下げ、定期的に地代収入を得る道が選択された。一方、石巻では地価は10万円/坪程度まで下落しており、定期借地権設定対価を床価格に反映しても影響は微弱で、地権者間の不公平を解消する意義が大きい。地代の一括前払いも、その額は定期借地権設定対価と大差ない。②の問題への解答としては、こちらの方が率直かもしれないが、権利変換時に資産として計上することが難しく、再開発事業にはなじまないという結論になった。

石巻の再開発スキーム

 個別の再開発事業と同時に、複数のプロジェクトでできあがった床を適切にマネジメントし、エリアとしての価値を高めていくことが不可欠である。そのようなエリアマネジメントは、個別のプロジェクトを推進し、成功させるためにも欠かせない。その仕組みの検討もこの調査の課題となった。図は、連鎖的に展開するプロジェクトを、土地所有者によるまちづくり会社A(地権者会社)の負担を減らし、テナントリーシングを含むテナント管理や賃貸住宅管理を行うまちづくり会社B(建物管理会社)、定期借地権の集約を行い、地代徴収等を事務とするまちづくり会社C(土地管理会社)がマネジメントしていくイメージを示している。

エリアメネジメントによる再開発